私がいたいけな(?)子どもだった頃、母親に連れられて百貨店に行くことが楽しみでした。もちろん、買物には興味がありません。屋上のミニ遊園地と最上階の食堂が目当てです。
それは、日常の世界(ケ)から、非日常の世界(ハレ)へのタイム・スリップなのです。だから、ドキドキ、ワクワクするわけです。
そこで食べたオムライスや、チキンライス、そして三色アイスクリームの味は今でも鮮明に記憶に残っています。母が作る「ケ」の食事は文字通り「必需品」なわけですが、外食で向き合うメニューは「奢侈品」、ぜいたく品なのです。だから、外食は内食の延長上ではなく、その断絶に意味があります。
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「最近の飲食業界において最も強力な『海流』(最も本質的な時代の流れのこと・・・宮崎)に見えるものと言えば、健康関連の業態が挙げられるでしょう。
改めて言うまでもなく、健康に対する現代人のニーズは非常に強いものがあります。最新の健康器具やエクササイズ法への注目度も高いのですが、食は私たちの体を形作る根本であるだけに、関心の高い人が特に多いのではないでしょうか。
実際に、『オーガニック野菜だけを使ったカフェ』『現役ドクターが料理を監修したレストラン』『漢方の視点を取り入れた薬膳料理店』『ベジタリアン向けのマクロビオティックレストラン』など、多様な切り口の『健康系レストラン』が登場しています。
ところが、これらの健康系レストランが大繁盛しているという話を聞くことは、実は滅多にありません。
健康に対する世間のニーズは強く、それに真正面から応えようとしているはずなのに、店が繁盛しないというのは一体どういうことなのでしょうか」(子安大輔『「お通し」はなぜ必ず出るのか―ビジネスは飲食店に学べ』新潮新書、2009年、41~42ページ)。
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なるほど、そういえば不思議ですね。カロリーを抑え、それを明記したメニュー、血圧の高い人のために塩分を控えた料理、アレルギー物質を使わず安心して食べられるお子様ランチなど、どれをとっても切実に求める人は多いと思いますが、あまり見かけません。なぜ多くの顧客を得られないのか、その理由を子安さんは次のように解き明かしています。
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「私たちは基本的に飲食店に行く際に『おいしい料理を、納得感ある価格で、心地良い雰囲気の中で食べられる』ということを望んでいるはずです。だからこそ、自宅で料理を作るのではなく、コンビニでおにぎりや弁当を買うでもなく、わざわざ飲食店に足を運ぶのです」(43ページ)。
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この「おいしい料理を、納得感ある価格で、心地良い雰囲気の中で食べられる」ことを「基本価値」と呼ぶ子安さん、健康レストラン系の訴求点が「健康価値」にあることが、逆に「基本価値」を損ねているというのです。つまり、「健康」も大事だけど、たまには「美味しいもの」をね、という「ハレ」の充実感が大切だということです。外食をする理由、動機です。
ところで、一口に「外食」といっても、高級料亭からファストフードまで多様ですが、その立地や業態も多様です。東京駅前の新丸の内ビルオープン早々、その中のレストランで昼食をとった事がありました。3,500円から5,000円のランチですが、若いサラリーマンなどで満席でした。話題のビルですから当然と言えば当然でしょうか。
しかし、子安さんはこう指摘しています。
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「少し些細な点を取り上げるならば、商業施設内の飲食店の中にはコストパフォーマンスが悪いところが多いと言えるかもしれません。店側としては、巨額の投資や高い賃料を回収するためには、飲み物や料理の価格を本来あるべき水準よりも少し高めに設定せざるを得ません。つまり、そのコストは客に転嫁されてしまっているのです。都心部の商業施設で、妙に高いと感じられる値付けのメニューが多いのはそのためです。
しかし、私にはそれ以上に気になる点があります。皆さんも薄々気付いているのではないでしょうか。あまりに次々と新しいビルが誕生することで、自分の中に『飽き』が生じていることを。
近未来的なピカピカのビル、吹き抜けが印象的なエントランスホール、外光と照明の上手な組み合わせ、耳に優しい環境BGM、少しでも自然が感じられるようにとそれらしく作られたテラスや池。どの建物も徹底的に『消毒』されているかのようで、そこには人間くささや趣きなど全くありません」(103ページ)。
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なるほど、そういうことでしたか。「ハレ」の舞台にも"飽き"の問題がありました。居酒屋チェーン店が苦戦している理由もそのあたりにあるのかもしれません。
ところで、表題にもなっている「お通し」ですが、以前から疑問に思っていたことです。注文しているわけでもないのに勝手に出してきます。その料理も、こちらの好みを聞くわけでもなく一方的に「どうだ!」と出します。仕方ないので「そうか!」と食べるしかありません。
しかも、あろうことか無料ではありません。こんな理不尽なことがあってよいのでしょうか?
そう思う私を、子安さんはなだめます。
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「お通しの意味は、一般的には料理が出るまでの、『つなぎ』と言われています。客が注文した料理が来るのを待つ間、お酒のアテとして気軽につまめるものを提供するという意味です。
確かにそういう一面もありますが、本当の狙いは『席料を取る』ことにありそうです」(26~27ページ)。
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これを"おもてなし"と考えるのか、それとも"過剰サービス"と考えるのか、しばらくは眠れない夜が続きそうです。
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