「はんかくさい(5)飽食から崩食へ」の冒頭、なぜ"高学"と言わず"高校"というのか、素朴な疑問を提示しました。でも、この疑問、実は問題がありました。
高校だけが、"学"がつかないという異質性にこだわるあまり、"校"がつかない小学、中学、大学の異質性を問う姿勢が欠落していたからです。私は、「どうでもいい疑問」と書きましたが、実はどうでもよくありませんでした。
それを痛感させてくれたのが、大山泰弘氏です。
坂本光司氏が紹介し(『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版、2008年)、鳩山首相が所信表明演説で取り上げ、一躍注目された日本理化学工業(株)の会長です。
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「驚かれると思いますが、わが社では社員の7割を知的障害者が占めています。私が入社して3年目のときに、2人の15歳の知的障害者を雇用したのが始まりでした」(大山泰弘『働く幸せ―仕事でいちばん大切なこと』WAVE出版、2009年、1ページ)。
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どんな経緯があったのでしょうか、とても興味があります。大山さんは自戒を込めて淡々と語りますが、引き込まれ熱くなってきます。
それは、近所の養護学校の先生が訪ねてくるところから始まります。「うちの生徒の就職をお願いしたい」という懇請です。とても熱心な先生だったといいます。ところが・・・・・
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「『精神のおかしな人を雇ってくれなんて、とんでもないですよ』
という言葉を発したのは、何を隠そうこの私自身なのです。『かわいそう』という気持ちはおろか、さげすむような気持ちさえあったかもしれません。
私は、『それは無理なご相談です』と断りました。・・・(略)・・・それでも三度、先生はやってきました。
そして、こうおっしゃったのです。
『もう、就職をとは申しません。でも、せめて働く体験だけでもさせていただけませんか。あの子たちはこの先、施設に入ることになります。そうなれば一生、働くということを知らずに、この世を終わってしまう人となるのです』」(同上、26~27ページ)。
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こうして大山さんは、同情心におされて2週間の就業体験を受け入れます。出来上がったチョークを入れた箱の上にシールを貼る仕事です。簡単な仕事とはいえ、二人にとっては必死の工場労働です。失敗しては落ちこみ、褒められれば満面の笑みです。そうして2週間、職場の空気が変わってきました。
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「2週間の実習も今日が最後という日、1人の社員が私のところにやってきました。シール貼りの作業を受け持つチームの代表格の女性です。そして、
『こんなに一所懸命にやってくれるんだから、1人か2人ならいいんじゃないんですか。私たちがめんどうをみますから、あの子たちを雇ってあげてください』
と言います。これは、現場の人たちみんなの意見だと」(28ページ)。
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1960(昭和35)年の小さな町工場のドラマです。しかし、「保障」という枠組みから、「働くチャンス」へと転換する壮大なドラマのスタートでもあります(次回に続く)。
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このたびは、ブログにて大山泰弘さんの『働く幸せ』を取り上げてくださいまして、
まことにありがとうございました。
「働く幸せ公式ブログ」(http://ameblo.jp/hatarakushiawase/)にて、
リンクを貼らせていただくともに、
お礼の文面を掲載させていただきました。
ご覧いただけますと幸いです。
これからも、応援していただけるような出版活動に全力で取り組んでまいります。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
「働く幸せ」公式ブログ | 2010年3月 3日 16:32 | 返信
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