中国で日本人死刑囚の死刑が執行されました。覚せい剤の密輸によるものです。
死刑は厳しすぎるという意見もあり、鳩山首相も「残念」とのコメントを寄せています。確かに、日本では死刑にはならないでしょう。でも、なぜ死刑なのか、その根拠については日本のメディアも口ごもっています。
そうそう、思い出しました、アヘン戦争に触れた田中 宇『米中論 何も知らない日本』(光文社新書、2002年)です。田中さんがニューヨークを訪れた際、中華街にある林則徐の銅像に出会います。
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「林則徐は清朝末期の大臣で、イギリスが中国にアヘンを密輸して儲けているのを厳しく禁じ、イギリス商人からアヘンを没収して焼いたことで知られている。イギリスはその仕返しにアヘン戦争を起こし、それ以後、中国が欧米や日本に侵略される苦難の歴史が始まった。
中国で好き勝手な振る舞いをする欧米列強に対し、アヘンを焼くことで一矢報いた林則徐は、中国人の多くにとって歴史的な英雄である。だが、その銅像をニューヨークの真ん中に建てるとなると、その場所が中華街であったとしても、事態は複雑になる。中国人が林則徐という存在を強調することは、欧米の側にとっては、自分たちの侵略行為が批判され、不快なことであるはずだからだ。
この銅像は、意外な方法でこの問題を解決していた。銅像の土台の部分に、英語と中国語で『麻薬取り締まりの世界的先駆者』という肩書が書かれていたのである。ニューヨークは、長いこと麻薬問題に悩まされ続けてきた都会だ。だから、林則徐が麻薬取り締まりの先駆者と知れば、道行く市民たちは『なるほど、銅像にするのにはふさわしい人物だ』と思うだろう」(234~235ページ)。
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そうでした。田中さんが指摘しているように、「危ないクスリ」は侵略された苦難の記憶と連動しているのです。
しかし、それだけではありません。アメリカもこの麻薬と深い関わりがありました。
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「朝鮮戦争後、アメリカでは国民党政府を支持する超党派の勢力が強まったが、彼らは『チャイナ・ロビー』と呼ばれ、潤沢な資金を持って活発に政治献金を行い、影響力を拡大した。その資金源は謎なのだが、一つ指摘されていることがある。そのキーワードは『麻薬』と『CIA』である。
国共内戦の末期、国民党の勢力の中心は中国南西部の雲南省にあった。その多くは内戦終結の直前、米軍の輸送機などで台湾に移動したが、雲南省から西隣のビルマ(今のミャンマー)のシャン州に残り、折を見て再び雲南省を攻撃するという命令を蒋介石から受けていた。・・・・・(略)・・・・・
シャン州に残った国民党軍には、もう一つの任務があった。それは麻薬の栽培だった。国民党は日本と戦っていた第二次大戦中にも、雲南省に退却して抗戦していた。英米の支援を受けていた国民党は、当時イギリスの植民地だったビルマに出入りし、麻薬の原料であるケシを栽培し、軍資金にしていた。麻薬はアヘン戦争のころからイギリスの植民地運営に使われており、国民党の麻薬栽培には抵抗はなかった。国民党は、この麻薬栽培を戦後も続け、拡大していた。・・・・・(略)・・・・・
この本(アルフレッド・マッコイ『東南アジアの麻薬政治』・・・宮崎)によると、国民党勢力はシャン州の地元の人々にケシを栽培させ、買い取ってラバに載せて山道をタイに運んだ。タイ側ではタイ警察の部隊が積み荷を受け取ってバンコクに転送し、そこからCIAが運営していた航空会社『エア・アメリカ』の飛行機で、欧米などの麻薬市場に向けて運び出していた」(130~132ページ)。
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おいおい、それはないでしょう。
イギリスとアメリカが「危ないクスリ」でつながっていたなんて。
末端が死刑なら、胴元のイギリス、アメリカは「市中引き回しの上、磔(はりつけ)」の極刑に処さなければなりません。
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COMMENTS
Nanamori様
どうもどうも、コメントに気付かず申し訳ありませんでした。今日は朝9時から大學院の授業で、午後から原稿を書いていました。
もちろん、ビールを飲んで帰宅したところです。今後とも、コメントを期待しています。
宮崎 昭 | 2010年6月12日 19:55 | 返信
>おいおい、それはないでしょう。
イギリスとアメリカが「危ないクスリ」でつながっていたなんて末端が死刑なら、胴元のイギリス、アメリカは「市中引き回しの上、磔(はりつけ)」の極刑に処さなければなりません。
で、締めくくってますが。この歳でも考えさせられる 奥の深い
問題のような気がします。
yousuke Nanamori | 2010年4月 8日 00:06 | 返信
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