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2010.08.22 Sunday

けっぱるぞ(67)士魂商才

 真っ正直に生きることは難しい上、時に馬鹿を見ることさえあります。

 不況に円高が加わり、辛い思いをしている企業人も多く、真っ正直な商いをすることは夢物語だという"現実派"が幅を利かせるのではと危惧されます。複雑な心境です。

 そう思う人も多いようで、渋沢栄一に注目が集まるのも、そうした時代の憂鬱感、閉塞感に促されてのことだと思います。

 坂本竜馬とは面識はなかったようですが、同時代の両雄ですね。

 英国の雑誌記者であったアルフレッド・ステットは、自国に帰って出版した著書のなかで、シブサワを次のように紹介していました。

・・・

 「シブサワは貧しい人からも富裕な人からも、偉大な人からも、そうでない人からも、すべての人から敬愛され、行くところ誰からも愛されており、彼をあしざまにいうのを聞くことは不可能であり、あるいは冷酷なやり方だと語るのを耳にすることもない。このように評判のよい人は稀であるし、加えてシブサワは日本の経済界にもっとも大きな影響を与えた人としても広く知られている。一見したところ、彼は背が低くずんぐりしており、ごつごつした顔につねに柔和な明るさをただよわせているが、自分を取りまいている諸問題に真正面からぶつかっていくときの彼の眼光には、何物をもつき通すような厳しさと鋭さがある」(東京商工会議所・編『渋沢栄一 日本を創った実業人』講談社+α文庫、2008年、299ページ)。

・・・

 ステットのシブサワ評は、たとえば横浜生糸貿易紛争での粘り強い取り組みや、わが国初の渡米実業団の団長としての活躍などを見れば当然のことといえるでしょう。

 ドラッカーも絶賛したと言われる渋沢の著『論語と算盤』では、利益を生み出すことと取引における公正性を両立させることが謳われていました。つまり、利益の多寡だけでなく、利益の出し方、方法が道理にかなったものであるかどうかが重要であるということです。偽装や隠蔽はもっての外ということです。

 明治42年の8月19日、渡米実業団は横浜港からシアトルに向けてミネソタ号に乗り込みました。約1ヶ月の旅程ですが、飛行機が無い時代ですから当然と言えば当然です。しかし、考えようによっては"豪華"な船旅ですね。その船中でのエピソード。

・・・

 「中野東商会頭の秘書役として同行した加藤辰弥が雑誌『実業乃日本』に書き送った手記には『"何といっても渋沢さんは実にエライ"という一語は皆の間でしばしばくり返される言葉である。第一に、一行中で一番の早起きは渋沢団長である。出帆の翌日から毎日朝5時すぎには必ず床を離れ、増田秘書役を起こして、幾回となく甲板上を運動される。それは元気なものである。次に運動がすむと読書される。これは一行の予想外としたところで、男爵(渋沢)に驚かされたことの一つであった。読書家の大関は堀越善重郎氏(貿易商)であるが、氏に次ぐものは男爵である。とくに朝食前といえども、少々の時間を利して読書される熱心さと気力にいたっては、ただ感嘆のほかはない』とある」(201~202ページ)。

・・・

 渋沢翁、ただの読書家ではありません。探究心も人並みはずれた人物だったようです。

・・・

 「渋沢という人はつねに旺盛な吸収欲をもっていた。清壮年時代の渋沢を描いた城山三郎の『雄気堂々』には、徳川昭武(慶喜の弟)一行の勘定係として渡欧したとき、先方の用意した見学先だけでなく自分から希望して病院、貯水池、さらには地下水道まで見てまわって、パリの下水道を見学したときには、いつも同行するフランス人も逃げ出したあと、下水道の役人にせがんで汚水の泡立って流れる臭気ふんぷんの暗渠(あんきょ)のなかを歩いたり小船に乗ったりして、隈なく見てまわったというエピソードが紹介されているが、彼の持ち前の吸収精神は70歳になっても衰えをみせず、この渡米中にも似たような逸話を一つ残している」(219~220ページ)。

・・・

 それは、石炭の試掘を見学した折の話です。予定外の行動であり、渋沢が余りにも熱心に質問していたために、専用列車に乗り遅れてしまったというのです。

 この夏も、日本の国会議員の多くが欧米に"視察"と言う名の旅行を予定していると聞きます。オリンピックを招致するために、東京都知事は一泊12万円以上の豪華なホテルに泊まったりして、総額1億円以上使ったと聞きます。

 士魂商才、企業人だけでなく、いまどきの政治家にも必要なのかもしれません。

 

 

投稿者:教員 | 2010.08.22 16:39 に投稿しました。

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COMMENTS

渋沢…とおっしゃる方ですか。
今年のもう11月なのにここでコメンティング。。。
していいのかなぁ。

卒業して5年。

社会と離れて4年は過ぎました。

『現実。』をみる学生かぁ。
ズバリ自分も見たと思う。

卒業式は『これから』と言う。大きな海にそれこそ飛び込む感覚で卒業式っていうものを感じなかった。

知らなすぎるのと溺れることが見えていること。
どーんと座っていることの難しさ。

自分という基準とか自己啓発の本を読みまくっても出てはこないものだと分かった。


今日コメントさせて頂いたのは、『発見。』があったからです。

どっかの学生が『仲間。』を得た。と申し上げていました。

自分もそう思いました。
もう一度社会人にもどることを始めた日。
たかだかアルバイトの面接だけでも緊張して震える手。
終わった後にあまりの緊張感に誰かに電話しました。

一匹オオカミの私であったのに電話すると『あのときの友達。』だった。

脱線したけれども、
今感じる、あの時の卒業式で重い感覚を
軽くする術は友人に『会社に戻りとうない。』くらいの本音を
言ってみるべきだったと思う。


四六時中ドカベン | 2010年11月16日 13:56 | 返信

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