法学部4年花松ゼミの4名が、2月13〜16日に能登実習を行いました。
2年前の元旦に発生した大地震、その半年後の豪雨で大きな被害を受けた能登半島(石川県)を視察し、災害復興とまちづくり、地域の持続可能性について現地のリアルを学びました。

空路で小松空港から金沢入りし、レンタカーで能登半島に北上していきます。まずは七尾市にある「のと里山里海ミュージアム」を訪問し、世界農業遺産に認定された能登の里山里海、自然と人間の共生の歴史について学びました。高速道路「のと里山海道」でさらに北上しますが、この道がすごい。道路標識や電柱は傾いたまま、路面は上下左右に激しくうねっており、数百メートル枚に崖崩れで迂回路となります(あまりのショックで写真を撮っていません)。地震の被災地に来たことを徐々に実感しながら穴水町に到着。ここは第三セクター「のと鉄道」の終着点になっています。



その後、さらに「のと里山海道」を北上し、珠洲市内に到着。震災後に避難者や工事関係者のために地元業者がプレハブで始めた「すずなり食堂・すずキッチン」を訪問し、名物のタコカツ丼を美味しく頂きました。お味噌汁のアオサも能登産です。能登の海はとても穏やかで美しく、海藻が大量に生えているのが海岸から分かるぐらい、とても豊かな海です。ただ、そのあと、珠洲市内の中心部を走ると、電柱は軒並み倒れかけ、建物解体後と思われる空き地がかなり目立ち、2年たっても震災の爪痕をリアルに感じました。




ガタガタ道を日本海に抜けると、「道の駅すず塩田村」がありました。ここは現在日本で唯一、揚げ浜式の塩づくりを続けている貴重な場所で、NHK連続テレビ小説「まれ」(2015年)にも登場していました。原始的な塩づくりの現場を視察、体験もさせて頂き、荒々しい海と付き合いながら生きてきた能登の自然共生の歴史を感じることができました。その後、駅長の神谷健司さんに震災直後から現在にいたるまでの状況、避難生活、復興の課題、能登の未来について貴重なお話を伺いました。



この塩田のすぐそばは日本海ですが、2年前の地震で一帯が3〜5メートル隆起し、かつて海底だった磯が現在は完全に陸地(岩場)になっていました。その後、輪島方面へ車で移動しましたが、崖崩れによる沿岸道路寸断と隆起の影響で、迂回の応急道路もかつての海底を走っていました。山側の崖崩れの跡は目を疑うような規模感で、今にも崩れてきそうな恐怖を感じました(ここでもあまりのショックで写真を撮れませんでした)。


ここで、金沢にある北陸大学経済経営学部の山本啓一先生、ゼミ生さんと合流し、合同ゼミ実習となりました。山本啓一先生は震災前から能登に通い、研究教育をされています。今回はそのご経験を頼り、能登のキーパーソンをご紹介いただきました。

能登高校魅力化プロジェクトコーディネーターとして能登高校の存続と発展に取り組んでいる木村聡さんにお会いしました。塾のない能登町で公営塾「まちなか鳳雛塾」を運営されています。ご自身も東京からの移住者ですが、都会から多数の若者を誘い、高校生の勉強の面倒だけでなく居場所や様々な社会的活動を提供することで、町の将来の担い手を育てる活動をされています。また、震災直後は避難所の運営マネジメントを経験され、その際の苦労や気づきについても詳細にお話を伺い、大変勉強になりました。


能登町名物の巨大スルメイカ・モニュメント「イカキング」を見学したあと、輪島市南志見地区にあるゲストハウス「ココハオダヤ」に宿泊、ここでゼミ交流会を楽しみました。


この南志見地区は震災前は約700人が暮らしていましたが、震災で停電や断水に加え、通信も遮断、外部との連絡が一切途絶え、10日後に自衛隊ヘリで全員が避難した地区です。ゲストハウスの周辺は震災の爪痕がまだ残っており、住民が生活している雰囲気はなかなか感じられませんでした。

南志見地区で震災復興に取り組んでおられる(株)奥能登元気プロジェクト代表の奥田和也さんにもお話を伺いました。公的なサポートや人々の関心の面で「見捨てられた」地元の能登をなんとかしようと、金沢から戻り、民間ビジネスの力でまちを元気にする活動をされています。日本中から多くの方々が視察に来られています。行政に頼らず、自分たちの力で、スモールビジネスでなんとかする。自然との共生で自活してきた能登の人々の生き様を感じました。最後は、南志見地区で経営されているカフェレストランの前で「なじみポーズ」の写真をみんなで撮りました。


最終日は輪島市内を通って金沢に戻りました。輪島は震災でとくに揺れが激しかった地区です。ここでも潰れた民家をいくつか目撃しましたし、マンホールが数十センチほど隆起している箇所も数多くありました。また、震災直後の火災で多くが焼失してしまった輪島朝市の跡にも立ち寄りました。解体や撤去は完了していて、初めて来る我々には「ただの原っぱ」にしか感じられない光景でした。震災の風化が心配されますが、市内の別箇所に新しい朝市を作る計画もあるそうです。


穴水町、七尾市を通って、千里浜ドライブインで山本啓一ゼミのみなさんとお別れした後、空路で福岡に戻りました。「被災地に気安く行ってはいけないのではないか」と思っていた我々を山本先生が後押ししてくださいました。実際に現地に行ってみると「またぜひ能登に来て美味しいものを食べて楽しんでほしい!」とみなさんが言ってくださいました。そこに行かなければわからないことが確実にあります。「創造的復興」の現状、能登の人々の生きる熱量、行政の限界と民間のチカラなど、様々なことを考えさせられた実習となりました。
能登の「希望」を花松ゼミはこれからも応援していきます。来年度も能登実習を計画したいと考えています。

作成者 法学部 花松 泰倫(法学部教授)


